[Let's Talk About Music] | パウル・クレー | EP1-2: 『赤のフーガ』 - 絵画の作曲家
- Manaka Matsumoto
- 2025年8月20日
- 読了時間: 6分
更新日:2025年8月21日
この投稿は、以下の動画に表示されている日本語字幕の書写しです。また、作品・写真のキャプションや参考文献など、動画では日本語で表記できなかった部分も本投稿にて公開しています。

1921年に描かれた『赤のフーガ』。
紙と厚紙に描かれた水彩画です。黒い背景をバックに、丸・三角・四角・様々な非対称の形が、白・赤・透明というグラデーションを重ねてゆきます。
「フーガ」とは何でしょうか。「フーガ」は音楽の形式の1つであり、大まかに2つの特徴があります。
1つは、「ポリフォニー」です。2つ以上の複数の独立した声部が、同時に進行することです。
2つ目は、「模倣」です。1つの声部が短いフレーズを発信し、それから2つ目の声部がそれを模倣し、そしてまた次の声部から次へと模倣し続けます。各模倣は、それぞれ違うタイミングと音で始まります。

パウル・クレーの音楽との深い関わりは、彼の作品に登場する様々な音楽的モチーフから感じ取ることができます。

それと同時に、彼はいくつかの作品に、音楽的なタイトルをつけることもありました。作品自体を見ずにタイトルだけを見れば、曲かと思うかもしれません。『ポリフォニー』。『リズミカルなもの』。『北方のフローラのハーモニー』。


『赤のフーガ』をもう一度見ましょう。
それぞれの形は、どのように動いているのでしょうか。なぜ平行して増加していっているのでしょうか。
なぜ重なる形もあれば、重ならないのもあるのでしょうか。
色が変化していっていることに方向性はあるのでしょうか。
色がだんだんはっきりとしていっているのか、それとも消えていっているのか。
「絵画」と「音楽」を繋ぐ「時間」
クレーは画家でありながら、音楽と絵画の共通点について追求し続けました。バウハウスで10年間教えていた時に、音楽を基準とした芸術的基礎を教えていました。
彼にとって重大な発見は、絵画と音楽の共通点が「時間」だということでした。
点が線になり形になっていくことは、アーティストと見ている人にとっても、「時間」からできたものです。

これは、クレーの1930年の油彩『リズミカルなもの』です。黒・グレー・白の四角でできたマスになっています。
左から右への色の変化は、必ず黒・グレー・白という順番で繰り返し続けています。しかし、一見チェックのパターンに見えますが、四角は縦に揃っていません。見ている人に、この絵を左から右へと眺めるように仕向けられているかのような構造です。
クレーは、「リズム」という、「時間のパターン」を、繰り返しで視覚化しています。それぞれの列のずれは、「時間の遅れ」を感じさせます。見ている人にとっては、この絵の中の「リズム」を物理的に聞こえることができなくても、方向性・協調をあえて避けているところ・ずれのある列から生まれる新しい質感など、感じることができます。
「ポリフォニー風」に絵を描くこと
クレーは1917年に、こう語りました。「ポリフォニーの絵画が音楽に優っているのは、時間的なものがむしろ空間的なものであるからだ。同時性という概念がここでは遥かに豊かに現れてくる。」

彼の1932年の作品『ポリフォニー』には、点・融合する色彩・重なる四角と長方形があります。それぞれが独立したものの同時性により、「ポリフォニー」が生まれます。
クレーは、「ポリフォニー」という、あくまで「音楽的」なコンセプトを、独立した視覚的要素の同時性を通して表現できることに気づいたとも思われます。

彼の1930年の水彩画『ポリフォニーに囲まれた白』には、白い長方形を中心に、複数の水彩の層が重なっています。「複数の独立した声」は、黒い線でかたどられた複数のレイヤーです。「同時性」は、レイヤーが重なることによって生まれる形と色です。
「絵画の作曲家」として音楽を表現すること
しかしこの作品たちは、単純に音楽のイメージや描写にすぎないのでしょうか。実際に音を想起させるように作られているのでしょうか。クレーにとって「音楽」がこの様に見えているのでしょうか。
クレーは視覚的要素を、音符やリズムのように扱っていたとも言えます。絵画を使って音楽そのものを作っていた、すなわち、作曲をしていたのではないでしょうか。実際には聞こえてくるはずがないのに、リズム・ハーモニー・ポリフォニーを、見て体感し、それに呼応することができます。

音楽的な題名がついていない作品でも、クレーの視覚的要素の音楽的な扱いが見られ、それが彼のスタイルともいえます。
クレーのスタイルは、現代アートを変化させただけではありません。音楽を体験することのコンセプトに、新たな視点をおきました。楽器や声がなくても、音楽的に表現することは可能であり、耳以外で、目・体・精神で音楽を受け取ることも可能だということを証明することができます。

「絵画の作曲家」という新たな道
クレーの楽器は、ヴァイオリンだけではありませんでした。「絵画」も彼の楽器であり、音楽的アイデンティティーを確立する方法でもありました。
しかし、なぜ彼はその道を選んだのでしょうか。音楽やヴァイオリンが好きだった彼が、なぜ音楽家を目指さなかったのでしょうか。
「ポリフォニーの絵画が音楽に優っている」という発想に至るまでに、何かが彼に影響をもたらしたかもしれません。それは一体何だったのでしょうか。クレーは、音楽には見出せなかった未来を、絵画の中に見出せたのでしょうか。
(EP1-3に続く)
参考文献
"Fokus". パウル・クレー・センター. 2025-05-13. https://www.zpk.org/en/ausstellung/fokus.
“Paul Klee. Melody and Rhythm.” パウル・クレー・センター. 2025-04-30. https://archive.zpk.org/en/exhibitions/review/2006/paul-klee-n-melody-and-rhythm-37.html.
Düchting, H. (1997). Paul Klee: Art and Music.(デュヒティング H. 後藤文子(訳)(2009). パウル・クレー: 絵画と音楽 岩波書店)
Fink, M. (2017) “Polyphony in Image and Sound.” Music in Art Vol. 42, no. 1–2: 367–74. https://www.jstor.org/stable/90019515.
Predota, G. (2023). “Paul Klee: Fugue in Red.” Interlude. https://interlude.hk/paul-klee-fugue-red/.
Verdi, R. (1968) “Musical Influences on the Art of Paul Klee.” Art Institute of Chicago Museum Studies Vol. 3: 81–107. https://doi.org/10.2307/4104301.
Wakerley, C. (2024) “Music and Temporality in the Art of Paul Klee.” DailyArt Magazine. https://www.dailyartmagazine.com/passing-time-with-klee-demonstrating-temporality-in-visual-art/.
画像や写真について
この投稿で使われている写真やクレーの作品の画像などは、個人の本やポストカードから複製しました。
『北方の花のハーモニー』『ポリフォニーに囲まれた白』『リズミカルなもの、もっと厳格に、もっと自由に』の画像は、兵庫県立美術館にて購入したポストカードを複製したものです。
Klee, Paul. Harmonie der nördlichen Flora. 1927. Postcard.
Klee, Paul. polyphon gefasstes Weiss. 1930. Printed in Germany. Postcard.
Klee, Paul. Rhytmisches strenger und freier.1930. Art Unlimited, 1992. Postcard.
その他の写真や画像
Düchting, H. (1997). Paul Klee: Art and Music.(デュヒティング H. 後藤文子(訳)(2009). パウル・クレー: 絵画と音楽 岩波書店)

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